人形供養と神聖なる言葉について

今年も人形供養のおまつりをさせて頂いた事について感じた事を申上げたいと思います。
この度は、人形供養の祭祀を勤める中で、人形に対する霊証が感じられましたので祭礼の後、霊証は人間に何も徒(いたず)らなどする事はないと思われます、ただ、人形一つ一つの中にはこういう事がある事を知っておきなさいと申されます。だからこそその様な供養祭等は神のみ前において心して「まつり」をして行きなさい。人々は人形等を勝手気ままに捨てることが出来ない事を知っているので神社やお寺などに持って来るのであろうよ。
供養の尊さという事を知ればよい。人間は全て使用したものや必要でなくなった物は新しく取り替えるときに今迄使用したもの、喜ばせて頂いたものに心から感謝する事を伝えてゆく事が大切なのである。
神職の立場で神様より神聖な言葉を頂いて多くの方々にその言葉を伝えても理解出来ずそのままにしておるが、その結果目の当たりにした時その重要さを知ることになろう。目に見えない神聖な声を素直な心で聞かせて頂く時に、おのずからその道すがらを考えなければ成らぬ。そしてそこに到達する時素晴らしさを知るであろう。
神社において祈願をするときには、神様を泣かせる様な心が無ければならないと思う。邪(よこしま)な考えを持たなければ神聖なお声が聞こえて来る体験をしました。
素直な心をもって祈る時には、神聖な言葉で囁いてくれます。
朝目覚めた時には生かされていた事の感謝を忘れずに今日一日の行動を祈りそして眠りに付くときには今日一日無事に過ごせた事の感謝と反省を忘れずにしよう。

              一日と十五日は御霊祭です。
                午前十一時・午後一時・午後三時に
                お祓いをしております。
                お誘い合せてご参拝ください。