宇宙には大気圏を乗り越えなければ到達出来ないものであります。

人間にもそれに似た様なものがあり、乗り越えるには命をも削らなくてはならないものもあり、掴むには試練という目に見えないものの重圧に耐えきれなければなりません。祈願たる重圧を乗り越えた時には心から清々しいものがあります。私は当神社の宮司を授かり神より試練を度々与えられ少しずつであるが、乗り越えて参りました。もちろん、私は本務にて神職の勤めに邁進しており、崇敬者との会話の中にも心をこめて、神様の存在などを伝え、我々には過去から受けて来た因果などに苛(さいな)まれ、どうして、何故と疑問を持つ事が多い事を知らされております。この因果によって悩み苦しみを解決するには、過去から受け継いだものを神様に祈り、教えを乞(こ)うて祈りの中で薄紙を剥(は)ぐ様にその苦しみから解き放(はな)されてくるものであります。それは個々に祈る事によって解き放されてくるものだと信じております。また、疑問が湧いて来ております。全国津々浦々の神職等は本務及び兼務社に於いて、宮司は年に一、二度の務めではなく、月に一、二度は兼務社に於いて御祭神の大前に氏子・崇敬者の集いを頂きて月並祭なる祭りを執行せねばならぬと思います。それは氏神様が大変お喜びになられ、また、当地の発展にもなるのではないだろうか。先日ある崇敬者が参拝された折、私共の氏神の宮司さんに三十年余、年一度もお会いした事はないし、死ぬまで会う事もないのかと私にこぼしておりました。神官とは神様と氏子の仲執持であり、心して参敬して氏子等は基より御祭神に喜んで戴く事を旨とせねばならぬ。この事いつも心に入れて日々神に申し上げておる事で崇敬者の健全を祈る事により神から頂く啓蒙(けいもう)を発し、和の心に留め重要な集まりには神より戴く言葉を一つ一つ伝えてゆかねばならぬ事を務めとしております。私は当社を受け継がせて頂き、昭和三年の建立から八十年もの長きに渡りて風雪に耐えながら今も尚、厳然と社がそびえております。自然に囲まれ、小動物が境内を飛びはね、小鳥のさえずりに耳を傾けますと心が和んできます。私は自然の中に住ませて戴いておる事を神様を始め御先祖に感謝させて頂いておる毎日です。この様な自然の宝庫の中で神にむかいて、いつも心豊かな心を持って生かされておる喜びを感謝申し上げておる次第です。どうぞ皆様もこの神社に参拝されまして神との対面をしてみては如何ですか。姿はお見せする事はないのですが、きっと祈られる時に神様よりの言葉をささやいて頂けるのではないでしょうか。きっと心する時に神より教えられるものがあります。体験しては如何でしょうか。

平成十九年四月