神を日々拝する事は、そんな簡単な事ではありません。また一年を通じて月並祭、・御霊祭等に参拝を続けて行く事が大切な事なのです。その積み重ねが、家の発展にもなります。先祖から受けている因縁を薄皮を剥ぐ如く正常になる尊い祭礼である事を知らねばなりません。「我は八百萬(やおよろず)の神の長として、人類、特に日本人の心や行動を日々照覧して拝する者には守り導いておる事を知らないであろう」政事(まつりごと)を神様の心として受け継ぎ、神社の役を受け継ぐ事は容易ではない。特に行事に参加する事に無駄は無い、それ故に宮司が心して参拝者一人一人に御神意(ごしんい)を伝え、宮司の話に耳を傾けた時、堅く閉ざされた心の扉が開き危うき事から守られる。だからこそ神社の行事に参加される事が肝要である。
人間は魂が違うので参拝する事により話を聞き、それぞれが「肥やし」にし、己の心に培かって行く。それは人生に於いて成長して行く過程、心にどんな事にも動じないものを植え付けていこう。どんなに勉学に励み、どんなに物知りになり、他人より褒められていても人間本来の姿などは知る由もなく、どうにもならない疑問が湧き出て来る。その時にこそ目に見えない神に拝する心を持っておる者が勝利者になる。ただ、人間とは面白い動物である。万物の霊長で考える事、話す事等々、困った時程、神様を拝する。助け導かれて全てが解決した時、そんな事があったかの如く忘れてしまう。なんと寂しい事か。コップ一杯で喜びを感じてしまう、なんと悲しい事。汲めども尽きぬ喜びを頂きたいものである。

祈りおる心をもちて 感謝感謝とつぶやく言の葉 変わる心は我が身なり よりよき一日を


平成二十年十一月三日