各神社では祈願は人生儀礼(お祓い)がおもな祭祀(さいし)であります。しかし乍ら当神社に於いては御霊祭が執り行われております(祖霊祭)。この儀礼は、三月、九月墓所に参る事で先祖の供養が出来ていると思われがちであります。 しかし私達には分らず墓参りだけでは供養しきれずに、先祖の御霊が鎮まらず、これが私達に振りかかり、悪しき事が多々おこり、自分自身が、何故なのか、計(はか)り知る事が出来ず苦しんで入る人が沢山います。
神社も寺も死後五十年を過ぎたら神として登ると言われ、私もその様に思っておりました。しかし死後百年経った今もその御霊が和
(なご)んでいない事が分り、その御霊を祈願する事により、「御霊が漸(ようや)く日の目が見られたと喜んでおるとの事」を神様より伺って驚きの一途でありました。
御先祖で亡くなった理由がわからずその事が無念の思いとして残され悪しき形となって子孫に現われてくるのであります。当社に於いてはその事の御霊を安
(やすん)じて参る事の重要さを伝えております。その因果を取り除く御祭が肝要であり私も一緒に祈願して参っております。
事故や事件に巻きこまれて落命する人は必らず因果として残って参るのであります。それ故にその御霊を清め鎮めてゆかねばなりません。
これはおどかしでも何でも無く実際身近に起った事であります。人間の魂というものは不滅なのであります。

平成二十一年十月一日