思金神社由緒

御祭神
 八意思金大神(やごころおもいかねおおかみ)・・・智恵の神で、天の岩戸事件や天孫降臨にも大活躍した高天原(たかまのはら)の名参謀長である。

くめども尽きぬ高天原の智恵袋
書紀には、思兼(おもいかね)と記されていますが、当神社は古事記に記されている思金神名で呼ばれています。「八意(やごころ)」とはこの神格への尊称である。「思金(兼)」の語は、宣長の「古事記伝」八に「思は万葉三に歌思辞思為師(うたおもひことおもはしし)と云る思ヒにて、思慮なり。金は兼にて、数人(あまたびと)の思慮(おもいはか)る悟りを一(ひとり)の心に兼持てる意なり」一人で兼ね備えているほど頭のいい神様という意味であります。またの名を思金さんとか八意さんともいいます。高天原に初めて現れたのが天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)次に高御産巣日神(たかみむすひかみ)であるが、生成創造の高御産巣日神の児で、ニニギノ命の母は(萬幡豊秋津師比売命-よろずはたとよあきつしひめのみこと)この神の妹という。何と言っても、思金神の名声を上げたのは、須佐之男命の悪行がもとで、天照大神が天之岩戸へお隠れになられた時、高天原では、八百万の神々の会議が開かれ、思金神が議長になって、諸神に指図した。まず常世の長鳴鳥をたくさん集めて鳴かせ、伊斬許理度売命(いしこりどめのみこと)に命じて八咫鏡(やたのかがみ)をつくらせ、玉祖命(たまおやのみこと)には八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)つくらせてこれを大榊の枝に飾り立て、ゆらゆらと揺すり、妙なる音を奏でた。すっかり準備が整うと、天性の美声の持ち主である天児屋根命(あめのこやねのみこと)が、祝詞を面白おかしく声高らかに奏する。布刀玉命(ふとだまのみこと)は榊の前で礼拝する。高天原随一の怪力無双の神・手力男命(たじからおのみこと)による岩戸開門の準備は整った。ここで、天宇受売命(あめのうずめのみこと)の出番、空桶を伏せた上で、踊り狂った為、八百万の神々はドッと笑いこけた。不思議に思った天照大神が、私が岩戸に籠っているのに、何故そんなに笑ってられるのかと問われたところ、あなた様より素晴らしい神がお出になられたのです。と言われたので、岩戸を細めに開けたところ、すかさず手力男命が力を込めて開いた為、再び天照大神が現れた。参謀思金神の筋書き通りに進み、作戦は大成功。
その様なお力のある方がだまされるはずがありません。それは八百万の神々の祈りが岩戸に籠ってられる天照大神様に通じ、真剣な祈り心があってこそ成就するものでなかろうかと思います。
当神社は昭和三年白山神社の拝殿として創建され戦前戦後の風雪に耐え当時の氏子達に守られ昭和四十三年頃より周辺の造成により白山神社に合祀され昭和四十九年思金神社として祀られるようになり今日に到る。

 
神社のご利益
  その智恵と才能にあやかって、入試合格・昇進試験・商売繁盛・家内安全・身体健全・
  良縁祈願・交通安全・地鎮祭・初宮詣・安産祈願等々

戸籍謄本 八意思金大神  本籍地 高天原
族    天津神     出生地 高天原
寄留置  横浜市・思金神社 茨城県・静神社 埼玉県・秩父神社
     新潟県・報徳稲荷神社 京都府・地主神社 東京都・氷川神社
     長野県・戸隠神社
職業   天照大神の相談役兼高天原の総参謀長
     国産み・天の岩戸開き・天孫降臨等、
     大きな事業には必ずお出ましになられております。
実父   高御産巣日神(たかみむすひかみ)

   ★ 月並祭 第一日曜日 午後一時斎行
   ★ 毎月一日・十五日 御先祖・水児の御祭りをしております
     午前九時 午後一時 七時(平日のみ) 他(随時受付)